大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)2058号 判決 1992年1月20日

原告

甲野一郎

被告

株式会社光文社

右代表者代表取締役

小林武彦

右訴訟代理人弁護士

江口英彦

主文

一  被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、原告が、被告の発行する写真週刊誌の記事によって名誉を毀損されたとして、被告に対し損害賠償を請求する事案であり、争点は、右記事が原告の名誉を毀損するものであるか否かである。

二争いのない事実

1  原告は、現在、保険金を騙し取る目的で妻を殺害したとして起訴され、無実を主張している者であり、被告は、図書及び雑誌の出版等を目的とする会社で、写真週刊誌「フラッシュ」を定期的に発行している。

2  被告は、右「フラッシュ」誌の一九九一年一月二二日号において、「『保険金殺人&疑惑』事件・その悪の系譜」とのタイトルを付した記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、その中において、「戦慄させられた凶悪犯罪を振り返る」との見出しを付し、そこに、「殴打に銃撃……『ロス疑惑』事件」として、原告に関する記事及び写真を掲載した。

三争点

1  原告の主張

(一) 前記タイトル及び見出しを付して原告に関する記事及び写真を掲載することは、本件記事を読む一般読者に対し、あたかも原告が保険金殺人事件という「凶悪犯罪」の犯人であるとの印象を強烈かつ明白に与えるものである。

(二) 被告の本件記事の掲載・頒布によって、原告の社会的評価は著しく低下させられ、原告の名誉は重大に侵害された。これによる原告の信用失墜、精神的苦痛・打撃は量り知れないほど大きなものであり、原告は、少なくとも五〇〇万円を下らない損害を被った。

2  被告の主張

(一) 平成二年一二月、父親が保険金目当てに娘を殺害した「群馬の美子ちゃん殺害事件」が発生した。「フラッシュ」編集部では、折から「トリカブト毒死疑惑事件」もマスコミで大々的に報道されているところであり、保険金にまつわる事件の多発化の原因を検証し、かつ、広く一般市民の身の周りにも起こり得る事件として読者の注意を喚起し、警鐘乱打するために、保険金殺人事件と疑惑事件を集大成することにした。

(二) 保険金殺人事件と疑惑事件の集大成において、原告の「ロス疑惑」は欠くことができないほど一般市民の関心を引いたものであった。しかし、「ロス疑惑」は現在公判中であり、かつ、原告が無罪を主張している事件であるため、原告に関する記事の内容は極力客観的な事実関係にとどめ、タイトルにも「&疑惑」として有罪が確定していないことを強く示唆し、原告の基本的人権を十分に配慮した記事作りをした。

(三) 「悪の系譜」、「凶悪犯罪」という表現は、「人を殺したうえに、金まで騙し取る……最も卑劣な犯罪の一つである『保険金殺人』」との本件記事のリード部分に呼応した、罪質に対する一般的評価を表わすものであり、原告の個人的な悪性を印象づけるためのものではない。

(四) 原告は、亡甲野春子(以下「春子」という。)に対する殺人未遂の容疑(殴打事件)で起訴され、東京地方裁判所で有罪判決を受け、現在控訴審で係争中であり、また、春子に対する殺人の容疑(銃撃事件)で起訴され、次いで、春子に付していた保険金の詐欺の容疑で追記訴され、現在東京地方裁判所で公判中であるが、原告は、右銃撃事件、保険金詐欺事件で有罪が確定していないからといって、これらに関与していないことを前提とする社会的評価を享受しうべきものではなく、これらについて起訴された者が受ける社会的評価に甘んじなければならない。しかして、本件記事中、ロス疑惑関連部分は原告が保険金殺人という凶悪犯罪で現在公判中であることを報道したに過ぎず、これによって原告の社会的評価は全く影響を受けなかったというべきである。

第三争点に対する判断

一本件記事について

確かに、本件記事中の原告に関する記事は、「ロス疑惑・銃撃事件」で殺人罪などに問われている原告の公判の経過等を客観的に記述したにすぎず、その記述内容に関する限り、原告の名誉を毀損するものとはいえない。

しかしながら、雑誌の記事による名誉毀損の成否は、一般読者の通常の興味、注意の置きどころと通常の読み方とを基準とし、これによって一般読者が当該記事から受ける印象事実に従って判断するのが相当である。そこで、右観点から本件記事について検討する。

本件記事の構成は、まず最初のページ(六一ページ)に、「失敗しても跡を絶たず……」「『保険金殺人&疑惑』事件・その悪の系譜」とのタイトルと、「人を殺したうえに、金まで騙し取る……最も卑劣な犯罪の一つである『保険金殺人』。昨年末の美子ちゃん殺し、注目を集めているトリカブト疑惑など“灰色”のものも含めてその実態を再検証する!」なるリードを付したうえ、「『借金を返済したかった……』と娘の命を奪った冷血の父」なる見出しのもとに、「群馬・美子ちゃん殺害事件」の記事を掲載し、次ページ(六二ページ)に、「渦中のK氏は失踪中……警視庁はチームを組んで本格捜査開始か!?」なる見出しのもとに、「トリカブト毒死疑惑事件」の記事を掲載し、更に次ページ(六三ページ)に、「戦慄させられた凶悪犯罪を振り返る」との主見出しのもとに「別府3億円殺人事件」、「『ロス疑惑』事件」、「名古屋・実の娘撲殺事件」等の記事を掲載するという形をとっており、「『ロス疑惑』事件」の部分には、原告が殴打事件で逮捕された際の写真が掲載されている。そして、同ページには、大正一五年から平成二年までの間に発生した主な保険金殺人事件一〇件が一覧表にまとめられている(<書証番号略>)。

しかして、原告に関する記事が掲載されているページに付された「戦慄させられた凶悪犯罪を振り返る」という主見出しは、そこに掲載された事件が実際に行われた保険金殺人という「凶悪犯罪」であることを断定的に表現するものであって、一般読者に対し、原告が「『ロス疑惑』事件」という保険金殺人事件の犯人であるとの印象を強く与えるものというべきである。前記のとおり、原告に関する記事の内容は、「ロス疑惑・銃撃事件」で殺人罪などに問われている原告の公判の経過等を客観的に記述したものにすぎないけれども、本件記事の掲載された「フラッシュ」誌が、一般に精読されるというよりは、タイトルないし見出し及び掲載写真に重きを置いて読過されがちないわゆる写真週刊誌であることをも考えると、一般読者としては、前記見出しによって強く印象づけられ、その印象に導かれて記事全体を読むのが通常であると考えられるから、原告に関し前記のような印象を受けることは免れ難いものというべきである。

被告は、原告が無罪を主張していることを考慮して、原告に関する記事の内容を極力客観的な事実関係にとどめるとともに、タイトルにも「&疑惑」として、有罪が確定していないことを強く示唆するように配慮した旨主張し、本件記事のタイトルが「『保険金殺人&疑惑』事件・その悪の系譜」となっていて(なお、右タイトルは、六三ページの左上部分にも横書きで再表記されている。)、被告主張のような配慮がなされた形跡を窺うことができなくはないけれども、一般読者の通常の注意力をもってすれば、「保険金殺人」とその「疑惑」とが区別して書かれていることまでを読み取ることは極めて困難といわなければならず、その区別が読み取れたとしても、右タイトル中の「&疑惑」は「トリカブト毒死疑惑事件」を指すものと理解するのがせいぜいのところと思われる。

また、被告は「悪の系譜」、「凶悪犯罪」という表現は、「保険金殺人」の罪質に対する一般的評価を表わすものであって、原告の個人的な悪性を印象づけるためのものではない旨主張するが、「戦慄させられた凶悪犯罪を振り返る」との主見出しのもとに原告の写真付きの記事が掲載されていれば、これを読む一般読者は「凶悪犯罪」と原告を結びつけて考え、読者をして原告が保険金殺人事件の犯人であるとの印象を強く与える記事となっているというべきであり、被告の右主張は失当である。

従って、被告の本件記事の掲載により、原告は、読者をして保険金殺人事件の犯人であるとの印象をもたれ、その社会的評価を低下させられ、その名誉を毀損されたというべきである。

二損害について

本件記事は、読発する保険金殺人事件について、その社会的原因を検証するとともに、一般市民に対し、「自分の身の周りにも起こり得る事件」ということの注意を喚起することを意図して掲載されたものであり(<書証番号略>)、原告に関する記事が本件記事全体に占める割合は小さいこと、原告に関する記事の内容自体には名誉毀損となるような表現がなく、構成及びタイトル、見出しの付し方に問題があるにとどまることなどの諸般の事情を勘案すれば、本件記事によって原告が受けた精神的損害を慰藉するための賠償額は五〇万円が相当である。

第四結論

以上によれば、本訴請求は、五〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

(裁判長裁判官魚住庸夫 裁判官浜秀樹 裁判官伊藤繁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例